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東京地方裁判所八王子支部 昭和36年(ワ)96号 判決

原告 日本専売公社

訴訟代理人 岩佐善己 外二名

被告 粕谷商事株式会社 外二名

主文

被告等は各自金、一、三一三、〇九八円及びこれに対する昭和三四年六月二日より、これが支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求は棄却する。

訟費用はこれを五分し、その一を原告の、その四を被告等の連帯負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り原告に於て各被告に対し金、二五〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮りに執行することが出来る。

事  実 〈省略〉

理由

被告中村松夫は昭和三三年九月頃より被告会社に勤務し自動車運転の業務に従事していたこと。被告中村の運転する自家用小型四輪貨物自動車(四も三五三九)が神奈川県津久井郡相模湖町与瀬一〇一八番地先道路上で訴外大久保藤次の運転する自転車に接触し本件事故を起したこと。被告粕谷与三郎は被告会社の代表取締役で被告中村は本件事故当時未成年者であつたことは当事者間に争いない。成立に争いのない甲第丑号証の一、二甲第六号証の二、甲第八号証によれば訴外大久保藤次は本件事故により神奈川県津久井郡相模湖町与瀬下条外科医院に運ばれたが同医院において昭和三三年一二月二八日午前一一時死亡したことが認められる。

そこで訴外大久保藤次の死亡が被告中村の過失に基くものであるか否かについて判断する。

成立に争いのない甲第五号証の一乃至五、甲第六号証の一、二甲第七号証並びに証人山口竜男の証言及び被告中村松夫本人尋問の結果(採用しない部分を除く)によれば次の事実が認められる。

本件事故の現場は神奈川県津久井郡相模湖町与瀬一〇一八番地先の国道二〇号の東京甲府間の制限速度三五粁有効幅員六、二米の道路で路面は非舗装の砂利道で事故地点より約二三米先は急に登り坂となつている見透しは良好な個所であること。

被告中村は昭和三四年一二月二七日午后三時三〇分頃被告粕谷与三郎所有の小型自動四輪貨物自家用自動車五八年型トヨペツトキヤブオーバ「第四も三五三九号」を運転し、豚三頭を購入してこれを後部荷台に積んで助手席に訴外川島恒雄を同乗せしめて帰途、法定の制限一ぱいである時速三五粁の速度で甲府方面より東京方面に向けて進行し、本件事故現場に差掛つたのであるが、前方一〇〇米位に道路左側寄りを同一方向に進行する自転車に乗車する訴外大久保藤次を発見し、そのまま訴外藤次の右側を追抜し得るものと考え変速機をトツプにしたままギアーチエンヂして減速することなく時速三五粁のまま自転車の動行に些細の注意もはらわず警音器も吹鳴せず又自転車と間隔を保つて迂回することもなく漫然進行したため右自転車に四、八米位に近附いた時訴外藤次が加害自動車に気附かず急に道路の右側に寄つて来たため、狼狽して直ちに急制動の措置をこうずることなく把手を右に切つてこれを避けようとしたが及ばず加害自動者の左バンパー辺を自転車に衝突せしめ訴外藤次をその場に転倒せしめたものである。

そして右認定に反する被告中村松夫本人尋問の結果は採用せず他に右認定を覆す証拠はない。

ところで自動車を運転して自転車に乗車する者の側方を進行しようとする者は絶えず自転車の動静に注意し、いかなる場合に於ても急停車し得る速度で進行するかさもなくば警音器を吹鳴して自分の運転する自動車の存在を知らせるか又は対向車のない見透しのよい場所で、自転車と充分な間隔を保つて迂回しなければならない。これは自転車の側方を進行する場合に限らず幼児、老人、特に老女に於てもこれ等の者を発見した場合自動車を運転するものに当然に科せられた注意義務といわなければならない。

それだとすれば本件衝突事故したがつてこれに困る訴外大久保藤次の死亡は被告中村の右注意義務を怠つた過失に基くものというべきである。

そこで次に被害者たる訴外藤次にも本件事故発生につき過失があつたかどうかについて判断する。

訴外藤次が自転車に乗車中道路の右側にハンドルを切つて寄つて来たことが本件事故の一因をなしていることは前記認定のとおりであるがしかし被告中村が訴外藤次を追抜こうとする際警音器を吹鳴しなかつたので訴外藤次も被告中村の運転する自動車に気附かなかつたためであり更に前記認定の通りの道路状況よりすれば訴外藤次の前記行動を以て過失があつたものということはできない。且つ本件事故が不可抗力により発生したと認められる証拠はない。

よつて被告中村が当然その直接の加害者として右不法行為に基く損害を賠償すべき責に任ずべきこと明らかというべきである。

次いで被告会社の責任について判断する。

前掲甲第六号証の一、二甲第七号証、証人粕谷昌弘の証言、被告中村松夫同粕谷与三郎本人尋問の結果によれば本件事故は被告中村が被告会社の代表取締役である被告粕谷与三郎の命により被告会社のため豚を仕入れに加害自動車を運転し神奈川県津久井郡藤野町で豚を購入しての帰途惹起されたものであることが認められるので被告会社の業務執行中の事故というべく更に被告会社は右使用者責任につき免責事由があると主張するが前掲証拠によれば被告会社に於ては車輌の状態を調べ自動車運転手に注意を与えてたこと被告中村が被告会社に番頭として働いていたことのある者の甥に当りそのため被告会社に入社し、その際被告粕谷の子供で劣る訴外粕谷昌弘が面接したことが認められるけれども前掲甲第五号証の一、被告中村松夫本人尋問の結果認められる被告中村は昭和三三年六月二八日小型自動四輪車の免許を受け本件事故当時は免許を受けてより六ケ月しか経過していない満一八才の若者であることも考え併せれば右程度の事情をもつてしては被告会社が被告中村の選任監督について相当の注意を払つていたものとは、いい難いから他に右主張を肯認せしめ得る特段の証拠もない本件においては被告会社の右抗弁は採用しない。

次に被告粕谷与三郎の責任について判断する。

成立に争いのない甲第一五号証によれば被告粕谷は本件加害自動車の所有者であることが認められ、しかも前記認定のとおり被告会所の代表取締役で被告中村の本件事故は被告会社の業務執行につき惹起されたものであり、よつて被告粕谷は自已のため自動車を運行の用に供するものであるから自動車損害賠償保障法第三条に基き本件事故による損害を賠償すべき義務があるといわねばならない。

次に本件不法行為によつて訴外大久保藤次等の被つた損害の額について判断する。

1  訴外大久保藤次の損害

成立に争いのない甲第一、二号証、証人伴内昭彦、同大久保よ称の各証言によれば次の事実が認められる。

訴外藤次は前記死亡当時満五〇才の健康体の男子で日本専売公社に東京地方局与瀬出張所長として勤務し給料は五四号俸の基本給月金三二、一五〇円の支給を受けその他に扶養手当、勤務地手当、特殊勤務手当、当日直手当の支給も受けているが、その額については証拠がない。そして訴外藤次の生活費は当時訴外藤次は、養母訴外大久保よ称及右よ称の娘婿訴外大蔵東一家族と同居し、月金三〇、〇〇〇円を右よ称に渡しその生活程度も普通で酒も飲まず自分の物を購入することもなく煙草も勤先の関係から無償の配給を受け、交際範囲も狭く遊びもしない真面目な性格であつて当時住所の東京都練馬区から勤務先まで汽車で通つていたことも考え併せ月金六、○○○円を以て足りていたものである。

而して他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると右藤次の前記死亡当時の純収益は毎月金二六、一五〇円年額として金三一三、八〇〇円であつたというべきである。

そこで次に訴外藤次の残存稼働年数について考えるに厚生省発表の第九回生命表によれば満五〇才の男子の平均余命は一二年となつており、人は特段の事情のない限り平均余命を稼働し得るもので訴外藤次は健康であり特段の事情も認められない本件に於ては訴外藤次の残存稼働年数は右平均余命と同年の二一年であつたというべきである。

よつて以上の如き条件のもとにホフマン式に従つて計算すると訴外藤次が前記死亡によつて喪失した得べかりし利益の現在額は左の如く金四、三二五、七八七円となる。

X=313,800/(1+0.05)+313,800/(1+2+0.05)+313,800/(1+3+0.05)……+313,800/(1+21+0.05)= 4,325,787

そして前掲甲第一号証証人大久保よ称の証言によれば訴外藤次には前記死亡当時配偶者も直系卑属も実父母もなく相続人は餐母である訴外大久保よ称だけであつたことが認められるので訴外大久保よ祢は訴外藤次の前記損害賠償請求権を承継取得したものといわなければならない。

2  訴外大久保よ称の損害

前掲甲第五号証の一、二証人伴内昭彦の証言により直正に成立したと認められる甲第一二号証の一、二証人大久保よ称の証言により真正に成立したと認められる第一三号証の一乃至一四第一三号証の一五の一、二甲第一、二号証の一六、一七証人伴内昭彦同大久傑よ称の各証言によれば訴外大久保よ称は訴外藤次が本件事故により神奈川県相模湖町下条外科医院に入院し死亡するまで同医院で治療を受けたためその診察治療費として金一六、八九〇円を訴外藤次の死亡により葬式費用とし金一一〇、二三〇円の支出を余儀なくせしめられ同額の損害を被つたことが認められ他に右認定を覆す証拠はない。

そこで原告の直覆被つた損害について判断するに

前掲甲第五号証の三、甲第六号証の一、甲第七、八号証、証人中島勝の証言により真正に成立したと認められる甲第一四号証、証人井上政治、同中島勝の各誰君、当裁判所の検証の結果によれば本件事故により訴外藤次の乗車していた自転車は加害自動車の左後輪の下になり使用に耐えない程度に損傷したこと、右自転車は日本専売公社東京地方局に於て昭和三二年五月頃購入し与瀬出張所に所長専用車とし配給されたもので右自転車の破壊による損害は金一〇、二〇〇円であることが認められる。

そこで次に原告の訴外大久保よ称に代位してなす求償請求権について判断する。

成立に争いのない甲第八号証、証人伴内昭彦の証言のより真正に成立したと認められる甲第九号証、甲第一〇号証、第一二号証の各一、二、証人大久保よ称の証言により真正に成立したと認められる甲第一三号証の一乃至一七、証人井上政治、同伴内昭彦同大久保よ称の各証言並びに弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

訴外藤次は与瀬出張所長として同出張所の最高責任者の地位にあり昭和三三年一二月二七日は土曜日であつたが年末のことで職員全員が超過勤務をなし訴外藤次も同所で事務をとつていたが午后三時二〇分頃煙草の需要供給に関する状況調査のため原告の自転車に乗車して与瀬出張所管内相模湖町小原方面に赴く途中本件事故に遭遇したものであるから原告のため業務に従事中死亡したものである。

そして日本専売公社と全専売労働組合との間に職員が業務上の災害により死亡したときは療養補償としてその費用の全額を支給し且つ遺族補償を行う。遺族補償には殉職年金と遺族一時金があり後者は平均賃金の一〇八〇日分とし更に職員が業務上死亡した場合は公社は葬祭を行う者に対し葬祭料を支給し、その額は平均賃金の六〇日分とする。公社は補償の原因である災害が第三者の行為によつて生じた場合に補償を行つたときはその価額の限度において補償を受けた者が第三者に対して有する損害賠償請求権を取得する旨の業務災害補償に関する協約がなされていること。

そこで原告は訴外藤次の死亡によりその遺族である訴外大久保よ称に昭和三四年二月一七日遺族一時金として金一、三六三、一七四円、葬祭料として、金八二、三九八円の支給をなし更に訴外藤次は死亡するまで本件事故により直ちに下条外科医院に入院し手当をうけたのでその費用合計一六、八九〇を原告に於て訴外大久保よ称に代り昭和三四年二月二七日直接支払つたものである。そして国家公務員災害補償法によれば職員が公務上死亡した場合においては国は療養補償として必要な療養の費用を支給し遺族補償として職員の遺族に対して平均給与額の一、〇〇〇日分に相当する金額を支給する、更に国は葬祭を行う者に対して葬祭費用として平均給与額の六〇日分に相当する金額を支給する。そして補償の原因である災害が第三者の行為によつて生じた場合補償を受くべき者が当該第三者から同一の事由につき損害賠償を受けたときは国はその価額の限度において補償の義務を免れ国がその前に補償を行つたときはその価額の限度において補償を受けた者が第三者に対して有する損害賠償請求権を取得する旨規定されているのであり前記原告が訴外大久保よ称に支給した遺族一時金、葬祭料及び直接支払つた療養費は前記損害額の範囲内に於て行われたものである。

よつて国は同法並びに損害賠償者の代位に関する民法第四二二条の規定を類推し、その履行した時期及び限度で遺族に代位して第三者に対し損害賠償講求権を取得するものといわなければならない。従つて原告は訴外大久保よ称に代位して遅くとも昭和三四年二月二一日以降金一、四四五、五七二円を、昭和三四年二月二八日以降は金一六、八九〇円の損害賠償請求権について求償権を取得したものといわなければならない。そこで前掲甲第一〇号証の一、二証人伴内昭彦の証言によれば原告は訴外大久保よ称に対し国家公務員等退職手当暫定措置法に基き死亡退職金として金一、一五九、五六五円を支払していること、普通退職した場合の普通退職金の支給額は金六三二、四九〇円であるのでその差額金五二七、〇七五円が本件事故により余分に支給されていることが認められる。

そこで死亡退職金が支給されるのは公務上死亡した場合であり、その場合他人の不法行為によつて出損を余儀なくされた者はその填補を請求し得るものすることが私法体系の根本をつらぬく公平の理念に適合するものと解し得られなくはない。

しかし退職金制度は沿革的には我国ではのれん分け、見舞金、慰労金、餞別金等の名祢により人情としてあるいは恩情として賜つたものであるが、資本主義経済の発達とともに恩恵的なものから次第に功労報償的なものとなつたもので死亡退職金に於ても永年勤続に対する報償的性格には何等変りはなく唯公務中の死亡という特殊条件によりその支給額に相異があるにすぎないものであるから死亡退職金と損害賠償金の両利益を死亡者の遺族に保有させるものと解し、たとえ死亡者の遺族が第三者から損害賠償を受けたとしても国はその遺族に対し死亡退職金の支払義務は免れないものというべく又一方その遺族が国から死亡退職金の支給を受けたとしても第三者のその遺族に対する損害賠償義務に何等消長きたさないものというべきである。

よつて国が死亡者の遺族に対し死亡退職金を支給したからといつてその遺族に代位して第三者に対する損害賠償請求権は取得し得ないものと解する。

更に原告の被告等に対する本訴請求は自転車の毀損により損害賠償請求以外は訴外大久保よ称に代位してなす求償請求権であり被告中村の不法行為により死亡退職金の出損を余儀なくされた原告として、これが直接の損害賠償請求についてはその主張はなく又法規に規定はあるとは云え公務上死亡した死亡退職の場合が普通退職の場合よりその退職金の額が多額となるということは特段の事情のない限り第三者に予知し得ないところである。

そうだとするといずれにしても死亡退職金と普通退職金の差額金五二七、〇七五円については被告等は原告に対し損害賠償義務はないものというべきである。

よつて被告等は原告に対し自転車の損害金として金一〇、二〇〇円及びこれに対する本件事故発生の翌日たる昭和三三年一二月二八日より遺族一時金、葬祭料合計金一、四四五、五七二円及びこれに対する支給の日の翌日である昭和三四年二月二一日より、療養補償費金一六、八九〇円及びこれに対する支給の叶の翌日である昭和三四年二月二八日より、それぞれ年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるものというべきである。

そして原告は昭和三四年六月二日自動車損害賠償保障法に基き保険金一八〇、〇〇〇円を受領したことは原告の認めるところであるから前記認定により右金一八〇、〇〇〇円について内金二〇、四三六円を別表記載のとおり、但し退職金差額の利息額を除く昭和三四年六月一日迄の遅延損害金に充当し残金一五九、五六四円を元金に充当したことが認められた原告の主張はこの範囲で正当である。

そうとすると被告等は原告に対し金一、三一三、〇九八円及びこれに対する昭和三四年六月二日よりこれが完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきである。よつて原告の本訴請求は右め範囲内において正当としてこれを認容しその余の請求は理由がないのでこれを棄却する。訴訟費用の負担については民事訴訟法第九二条本文第九三条仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西村四郎)

別表〈省略〉

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